今から30年くらい前の話です。
私の友人、AとB子はとても仲良しのカップルでした。
Aは当時20代後半で、3つ年下のB子とそろそろ結婚したいと考えていました。
B子に、結婚を前提に同棲したい、と伝えると彼女は大喜び。
来週の日曜から一緒に住もうと決めて、すぐにあらかたの荷物をAの部屋に運びました。
当時は携帯電話が普及しつつある時代でした。
Aが持っているのは固定電話だけでしたが、B子はPHSを持っていました。
「今日は重たいものをたくさん運んでくれてありがとう」
B子は自分の家に帰りながら、Aに電話をかけてきました。
「来週からはずっと一緒だね」
と、Aが甘いことを言った次の瞬間、B子の悲鳴に続いて、大きなブレーキ音と衝撃音が響きました。
Aは何度も呼びかけましたが、ざわざわと人が騒いだり、足音が聞こえるだけで、B子の応答はありません。
B子は、飲酒運転をしていた車にはねられて、亡くなってしまったのです。
Aはそれから失意の日々を送りました。
月曜日、火曜日、水曜日……
B子と迎えるはずだった楽しい毎日はもうありません。
私とAの共通の友人、Cはとても心配していました。
Aが仕事も休んで家に引きこもっていると言うので、日曜日、Cはほかの友人と連れ立って、Aの家に行きました。
Aは、Cたちが思わずぞっとするほど、わずか一週間でゲッソリとやつれた様子でした。
聞くと、全く食べ物を口にしていないということでした。
CはこのAの状態を見て、この部屋から連れ出さなければ、と決めました。
ほかの友人も賛成してくれたので、何はともあれAに引越しを提案しました。
「A、思い出に浸っていてはB子も浮かばれないだろう。この部屋を出よう」
友人の一人が広い部屋に住んでいるというので、まずはそこに居候してはどうかということになり、Aは意外にもすんなりとそれに従いました。
そうと決まればと、全員で引越し準備を始めました。
失意のAは何もできずに座っていましたが、さすがに男が5〜6人いたので、荷物はあっという間に片付きました。
あとは細かなものがいくつか残っている程度です。
夕方になってみんなで休憩していると、Aの家の電話が鳴りました。
Aは、受話器をとり
「もしもし……B子!B子!」
と叫びました。
誰からの電話か尋ねると
「B子が…今日から一緒に住むんだよ、って言ってた……」
と泣き出すのです。
A以外の全員が息をのみ、何も言えなくなってしまいました。
Aがかわいそうだったのはもちろんですが、もう電話線は抜いてあったので、電話が鳴るはずはなかったからです。
Aの引越しは頓挫し、AはB子と同棲するはずだったこの家で暮らしていく、とのことでした。
しばらくの間は、Aも生まれ変わったかのように元気に過ごしていたのですが、その数か月後からは誰とも連絡が取れなくなっています。
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